2006 |
07,05 |
«みえないもの»
総セイ。
「見えないものを見てみたい」という某作品のフレーズに感化されて書いてみました。
幕末にこんな科学的考証があったかは分かりませんが。
旧風小噺修行場からの移設です。
「見えないものを見てみたい」という某作品のフレーズに感化されて書いてみました。
幕末にこんな科学的考証があったかは分かりませんが。
旧風小噺修行場からの移設です。
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みえないものを、みてみたい?
みえないもの
「私達の目に見えているものって、ほんの一部だけなんだそうですよ」
通り雨の後、清々しい空に鮮やかに走った虹を見上げながら、神谷さんが呟いた。
宿っていた木からぽたりぽたりと滴る雫も虹色の光を纏って。なんとなくそれを掌に受けながら、相槌を打つ。
「それも蘭方医学ですか?」
「いいえ。何処で聞いたのか忘れてしまったんですけど……虹の七色って、もともとはお天道様の光なんだそうです」
記憶を探るように、ゆっくりと神谷さんは言葉を紡ぐ。
「お天道様は白く輝いているように見えるけれど、本当はいろんな色の光が混ざっていて、中には私達の目では見えないものもあるんだそうです。ですから今私達が見ているものって、見える色だけで作られた、ほんの一部のものだけなんだそうですよ」
見えていないものも、一度は見てみたいですよね。神谷さんはそう笑み零す。
純真な人。
きっと神谷さんの思い描く世界は、綺麗で澄み渡った浄土なのかもしれない。
その片鱗を覗いてみたいと、少しだけ思った。
「見えるとしたら、何を?」
思考の海に埋没しかけていたらしい神谷さんは、はっと瞠目して、頬に朱を走らせた。
何かを躊躇ってから、おずおずと小声で教えてくれる。
「あの……風の色、とか」
「風の色、ですか。それは確かに見えませんね」
こくんと頷く神谷さんの顔がまだ赤いままなのを不思議に思いながら、空へと視線を戻す。
雨に洗い流された、澄み渡った空気。
頭上で微かに木の葉を鳴らせて、雫を散らせて、その空気に溶けていく、風。
葉擦れの音がなければそこに吹いていることも見落としてしまう。
それがどこへ向かうのかは誰にも分からない。
「私は……見えないものは、見えないままでいいですよ」
吸い込まれそうな深い青空に弧を描く、鮮やかな彩り。
目に焼きつく鮮やかな彩は見えるはずのないもの。
「先生は興味ないですか? きっと世界が変わって見えるかもしれませんよ」
神谷さんは黒髪を揺らして小首を傾げる。
その無邪気さが眩しくて、私は視線を合わせられない。
「だって何が見えるか分かったもんじゃないですもん。私、結構臆病なんですよ」
「では私が先生の前に立って、露払いをいたします。先生が見たくないものは私が斬ったり隠したりしてしまいますから」
「気持ちはありがたいんですけどね……やっぱり遠慮しておきます」
残念そうに吐息する神谷さんは、知らないから。
私の見たくないものが何であるかを。
「露払いなんていいですから、あなたは私の背中についてらしゃい。見えないものまで見だしたら、もうあなた何しでかすか心配でたまりませんよ」
「何ですか、それ?! ひどいです先生!」
私の肩に、怒った神谷さんがぽかぽかと拳を打ちつけてくる。
声を立てて笑いながら、けれど私の視線は空とそこにかかる虹から離すことが出来なかった。
笑って誤魔化してみせるのは、あなたと、そして私自身。
この目に焼きつく、見えるはずのない鮮やかな彩り。
私の視界に入らないで。
この眩しさなんか見えなくていい。
見えるはずのないものは、見てはいけない。
どこまでも深い空にかかる、鮮やかな虹。
風は空気に溶け行く手を見せないのに、私は何故か空を見上げてしまう。
風があの虹へと吸い込まれていく、その軌跡を描いてしまう。
それもまた、見えない世界。見えるはずのない軌跡。
そう。私はこのまま、何も見えないままでいいんだ。
<了>
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吐き出せないまま積もりに積もった妄想がいっぱいあって困っている。
吐き出せたらいいなぁと思っている。
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