2006 |
08,01 |
«慈悲は要らず»
暗めの話が零れ落ち。
そして宮間さんて、誰。
旧風小噺修行場からの移設です。
そして宮間さんて、誰。
旧風小噺修行場からの移設です。
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慈悲は要らず
眼前に横たわるのは、ひゅうひゅうと風音を鳴らすひと。
闇色の隊服の上でも、それと分かるほどの赤に染まって。ごろりと地面に横たわって。まだ微かに上下する胸。それに合わせて、ぱっくりと裂かれた喉からひゅうひゅうと風が漏れる。それは最期に伝えたかったであろう音を乗せるはずだった空気。
数拍前まで同士であったその人は、一秒ごとに色褪せていく瞳に苦しげに涙を湛えていた。
「宮間さん、しっかりしてください!」
セイは隣に膝をつき、飽くことなく鮮血を吐き出す喉元へ手拭いを押し当てる。――それが最早徒労であることは誰の目から見ても明らかだった。
巡察中の不幸。それはあるいは腕の差。あるいはわずかな運の作用。
それに引っ掛かってしまった者が今日は仲間内にいただけの話。
不規則に紡がれる風音が痛々しく、セイはそれを和らげようと必死で傷口に手拭いを巻く。
ふと、忙しく動くセイの手を大きな手が包み、やんわりと動きを止めさせた。――その手も赤まだらに染まっていたが。
「神谷さん、介錯を」
やさしい声音で告げられる、死の宣告。
「……もっ! でも宮間さんはまだ生きてます…っ!」
生を訴える声はまるで駄々っ子のそれ。
責めるように見上げたセイに、総司は穏やかな表情で首を振った。
「せめて苦しみを短くしてあげましょう」
すらり、と総司が白刃を抜き放つ。
宮間の唇が音を発せないまま、けれど意味をもって動いた。
その形がセイにはひどく口惜しく、虚しかった。
そして宮間の生は慈悲の元、閉じた。
「神谷さん」
ちん、と刀が鞘に納められる音。
「辛くても」
短く、総司が言葉を落とす。
「私の時にはあなたが介錯してくださいね」
柔らかな、いつもの語調。きっと微笑んでいるのだと手に取るように知れた。
「そんな残酷なことを仰らないでください」
「はは、ごめんなさい。でもあなたに送ってもらえるなら、私はきっと悔いなく逝けますよ」
「清々しく散ってどうしますか! そんなに楽に逝かせて差し上げなど致しません。近藤局長の為に這ってでも生き延びてくださいっ」
吐き出して、ぎっと睨み上げると案の定へらりとした笑顔が待っている。
……この男は。
誠の為にいくらでも投げ打てる命を持ちながら、投げ打ったが最期、執着せずあっさり旅立てそうで。
肩を竦めて、分かりましたよと微笑むけれど。本当に分かったのかと問い詰めたくなる。
この人は立場も、精神も、あまりにも武士で。
だから、私は。
「私には介錯は不要ですから」
おや、と首を傾げる総司にセイは勇ましく宣言する。
「殺したって死なない鬼に、私はなります。私が私を諦めない限りは絶対に生き延びますから、どうぞ早合点して介錯などなさいませんよう」
「神谷さんたら漢らしい……」
「そうお思いなら先生も漢になってください」
「どうも私の分まで神谷さんが漢らしくなってくれてるような」
「馬鹿言ってないで仕事してください。私は他の怪我人を」
軽口を叩いて去っていく背中に送るのは溜息と、決意。
そしてもう一度見下ろす、いまや動かぬかたまり。
かたまりに変わり果てるその瞬間まで。
意志の元、指の一本でも動かせるならそれだけでも。
この命は最期の一欠片まで沖田先生の為に。
修羅を生きるあなたの危難を一つでも多く引き取る為に。
私は這ってでも生き延びてやる。
<了>
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吐き出せないまま積もりに積もった妄想がいっぱいあって困っている。
吐き出せたらいいなぁと思っている。
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