2006 |
08,08 |
«答えは»
総セイ。
最初の一言から勢いで。
まとまりのない文章に仕上がっております。
(人それを仕上がってないと言ふ)
旧風小噺修練場から移設しました。
最初の一言から勢いで。
まとまりのない文章に仕上がっております。
(人それを仕上がってないと言ふ)
旧風小噺修練場から移設しました。
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答えは
「どうして?」
問うと、神谷さんはさっと頬を朱に染めた。
「……お話する義務は、ありません」
拗ねた子犬のような、むくれる子供のような可愛らしい顔で、ひどく硬い声を出す。真っ直ぐなこの子が珍しく視線を逸らしたまま、私の顔を見ようともしない。
回り込んで少し屈んで覗き込むと、吃驚したように瞠った黒い瞳とようやく視線が絡む。
その頬を両手で挟みこんで、今度は逃がさない体勢を整えた。
「どうして逃げるんですか?」
それは久しぶりに設けられた置屋さんでの宴会で。
日頃の激務を労う為、と近藤先生が計らってくれた宴会は酒食も贅沢な上、芸子さんも招いた華やかなもので。
久しぶりにみんなで騒ぐ席はそれは楽しく、先程までは神谷さんだって上機嫌だったのだ。
なのにいきなり神谷さんの顔色が変わったのは、多分――
「待って、待ちなさいったら神谷さん」
突然宴席を立った神谷さんに追いついて、やんわりと肩を掴んでこちらを向かせた。俯いたままの神谷さんの表情は、切り揃えられた前髪に隠れてよく見えない。
「あんなに邪険に席を立ったら、あの芸子さんだってきっと気分を悪くしましたよ? そりゃあ、あの人あなたに抱きつかんばかりだったから、秘密がばれるかもと焦る気持ちは分かりますけど……ちゃんと私が隙を見て逃がすつもりでいたのに」
「……抱きつかんばかりだったのは、先生のお隣にいたひとの方じゃないですか……」
「え? 何か」
ぽそりと落とされた言葉はあまりに小さくて、うっかり聞き落としてしまう。けれど真一文字に引き結ばれた神谷さんの唇は、同じ言葉を紡ぎ返してはくれない。
ようやく開いたそれから滑り出たのは、きっぱりとした拒絶。
「酔いが回っただけです。少し醒ましてきます。失礼します」
そして私の手を払いのけて、脇をすり抜けようとする。
その身体を、横抱きに止めると。
初めて神谷さんが私の顔を見た。
戸惑うように瞠られる、一対の黒曜。
すぐにそれは逸らされてしまった。――どこか辛そうに顰められて。
「……離してください」
「嫌です。神谷さん、あなた少し変ですよ」
「だから酔いが回って……」
「言うほど呑んでないのは知ってます。何をそんなに怒ってるんですか」
「怒ってなんか……ただあそこにいたくなかった、だけです」
か細く、消え入りそうに萎む声。
そこには神谷さんが言うように怒気はない。
――ただ、なんだか今にも泣き出しそうな声で。その響きに胸の辺りがきゅうと痛む。
「どうして?」
問うと、神谷さんはさっと頬を朱に染めた。
「……お話する義務は、ありません」
拗ねた子犬のような、むくれる子供のような可愛らしい顔で、ひどく硬い声を出す。真っ直ぐなこの子が珍しく視線を逸らしたまま、私の顔を見ようともしない。
回り込んで少し屈んで覗き込むと、吃驚したように瞠った黒い瞳とようやく視線が絡む。
その頬を両手で挟みこんで、今度は逃がさない体勢を整えた。
「どうして逃げるんですか?」
「逃げてなんか……」
「あそこにいたくなかったんでしょう? そして今も、私の目を見ようとさえしなかった。逃げてるじゃないですか。どうして?」
……神谷さんが諦めたように息を吐いた。
けれど状況に甘んじた代わりに、その瞳は閉ざされて。
そうやってこの子は、どうして私から逃げるの。
ようやく吐息以外に滑り出た音は、不思議なことを問うてきた。
「……それは、組長命令ですか?」
「は? いや、別にそういうわけじゃあ……」
だって宴は無礼講の場で、しかも幹部に失礼を働いたなどというわけでもない。
それに隊務以外で上司と部下を意識した事なんて、正直なかった気がする……少なくとも、最近は。
「命令なんかじゃなくて、気になるから聞いたんです。それじゃ駄目なんですか」
何故か少しだけ荒くなった自分の声に、驚いた。
すっ、と。
開かれる、黒。
不意に真っ直ぐな瞳を向けられて、不覚にも息を呑む。
「どうして?」
「……え?」
――たった一呼吸奪われただけで。
言葉を失ったのは、私。問う声はいまや、あなた。
「どうして、お気になさるんですか」
「……それは…………」
あんな風に席を立つから、とか、あなたの様子が変だったから、とか――次々と答えが浮かんでは、声を成さないまま沈んでいく。
どうして?
私の理由は明瞭なはずなのに、どうして私は答えられないのだろう?
神谷さんの瞳を覗き込むような姿勢を後悔した。
私の答えはすべてその中に吸い込まれていくようで。
「どうして、私を追うのですか?」
視線も、問いかけも、絡み合って逃げられないまま。
いつしか失われた私の声も、同じ言葉を私に向ける。
どうして?
――どうして、この子は。
――どうして、私は。
――どうして、この子を?
……答えはあなたの瞳に吸い込まれたまま。
<了>
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吐き出せないまま積もりに積もった妄想がいっぱいあって困っている。
吐き出せたらいいなぁと思っている。
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