2006 |
10,11 |
«ハジメノ»
ネタ帳をめくっていたら書きかけが発掘されまして。一年半越しで完成です。
DXのマイキャラ、アキラの幼少時第2弾。
一部、R12指定? いやそれほどじゃないか。
DXのマイキャラ、アキラの幼少時第2弾。
一部、R12指定? いやそれほどじゃないか。
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なんで化け物なのに笑えるの。
ハジメノ
カッターを突き立てると、ぷつ、と小さな音が弾けて、ぴゅっと赤いモノが噴き上がる。
それを手前に引くと、そこは簡単にさくっと裂けて、ぼくの腕が赤く染まる。
でも引き抜くと裂け目はすぐにただの赤い線になって、消えた。
またカッターを突き立てる。ぷつ、と音がして、ぴゅっと溢れる……。
「血の染みは落ちにくいんだぞ?」
頭の上に振ってくる、声。そういえば上着もズボンも赤黒くドロドロに汚れていた。
「たまには洗濯する人のことも考えろ、アキラ」
顔を覗き込まれ、仕方なくその人と目を合わせる――ああ、やっぱりこのひとだ。
この施設の『しどうほさかん』の一人、ミカゲアサゴさん。苗字やコードネームで呼ぶと怒る。でも『朝ゴハン』と呼ばれたときには笑って応える、変な女のひと。
――このひとは、いつも間が悪い。
「で、今日は何が出来なかったんだ?」
……ほら、やっぱり見抜かれてる。
「……ジェネシフト」
「それはまた基本的だな」
アサゴさんは床に落ちた血を拭き始めた。
ジェネシフトだけじゃない。ぼくはワーディングも張れない。ここに来て一年になるけど、ぼくに出来るのはこれだけ。
腕につきたてたままのカッター。確かに切り裂いたはずの傷口は、血の跡だけを残してもう消えていた。
これが出来ちゃうから、ぼくはここにいる。
――でも、もしもずっとこれしか出来なかったら、もしかしたら……。
「私を見ろ、アキラ」
アサゴさんの顔が、すぐ近くにあった。
「ジェネシフト自体はさして重要じゃない。大切なのは訓練を通してレネゲイドのコントロールを学ぶことだ。……そうだな。もう一度切ってみろ、今度は心臓の鼓動を意識しながら」
……やりたくない。
でもそんなこと言ったら殴られそうだ……溜息を吐きかけて、それもギリギリで飲み込んだ。このひとの前で溜息なんか吐いたら、「幸せが逃げるぞ」とこめかみをグーでグリグリされてしまうに決まってる。
深呼吸して、カッターを引く――さっきより深く。
背筋がぞくりと逆立つ、冷たい痛み。反対に傷口は燃えるように熱い。
ドクドクと、溢れ出す赤。
「心臓はどんな感じ?」
「……ばくばく言ってる」
「その『ばくばく』は何処に続いてる?」
……ばくばくは、ドクドクと同じリズム。心臓から腕へ、身体の中に脈打つ熱い道が続いている。
「他には何処へ?」
目を瞑る――頭の中にも、道が続いている。脈打つたびに脳みそが膨れ上がって、頭蓋骨の中がきゅうきゅうになって、それでも、もっともっと膨らもうとして……
ぷち…ぷち…
……何か、聞こえる。音を捕まえようと意識すると、その音は細かく、立て続けに弾け出す。頭の中、腕の中、胸、足、指先……身体中いっぱいに――
「……きら…アキラ!!」
――すべての音が止んだ。
いつの間にかアサゴさんがぼくの両腕を押さえていた。カッターの刃先は腕の上で、カチカチ震えて鳴っていた。
「すごい回復力だな。カッターが押し出されたよ」
ぼくは返事が出来ない。
息をするのに、必死で。
――だけじゃ、ない。
気付いて、しまった。
あの音……ぷちぷちと弾けるあの音、あれは、ぼくの身体が治る音だ。
傷を治そうと、ぼくの身体が立てる音。
ぼくの身体であって、ぼくでないモノ。
繰り返し、繰り返し聞かされてきた――これが、レネゲイドウィルス。
――はっきり、分かってしまった…!!
「今の感覚を覚えておくんだ。意識すればその内コントロール出来るようになるか――」
「余計なお世話だ…っ!」
アサゴさんの目が丸くなる。
大きく見開かれたアサゴさんの目には、子供の姿が映っている。その子供は人間の姿をしているけれど……ぼくは知ってる。
ソイツは、化け物だ。
化け物だから、おとうさんとおかあさんに棄てられた――
「ぼくは知りたくないんだ! そんなこと、知りたくない! そんなこと出来なくていいし、したくもない! ……ぼくは人より早く怪我が治るだけだ。変身もしないし、炎も出せない。だから……もしかしたら、化け物じゃないかもしれない――」
――そう、信じていたかったのに。そんなことは出来ないと、言い聞かせていたのに。
「ホントは間違いだって、そう分かったら……もしかしたら…………もしか、したら…っ」
おとうさんとおかあさんが、迎えに来てくれるかも、しれない、のに。
でも、ぼくはやっぱり化け物だった。
ぎゅうっ、と温かなモノに包まれる。
なぜかいきなり、ぼくは抱きしめられてた。……ちょっと、苦しい。そう言えば『バカ力のアサゴ』と誰かが言ってたっけ。
「ぼくのことなんか、放っておいてよ! ばけ…化け物なんだから!」
「それは出来ないな。だって私も化け物だし。というかここにいるヤツラはほぼ全員化け物だって」
私の場合は『馬鹿力の化け物』、と笑いながらアサゴさんは言った。
――なんで平気で笑えるんだろう? やっぱり、このひとは変だ。
「なぁ、なんでここに化け物が集まってるんだと思う?」
「……みんな、家を追い出されたから?」
それもあるな、と笑う声は少しだけ苦かった。
だからね、と続く、小さな小さな声。
「寂しいから、一緒にいる。寂しいから、外の世界に混ざりたいから、自分の力をコントロール出来るように頑張ってる。だって、『ここ』は」
そっとアサゴさんの腕が解けて、とん、と胸を突かれた。
「化け物じゃないから」
化け物じゃ、ない、ぼく。
そんなぼくがいるの?
「アキラの心は、全然化け物じゃないよ。家に帰りたいって……おとうさんとおかあさんに会いたいって、本当の化け物なら思わない」
「……でも帰れないなら、そんなの苦しいだけだ」
「そうだな。でもその分、家族の大切さを誰よりも知ってる。それはすごく幸せなことなんだぞ」
ちょっと辛いけどな、と笑うアサゴさんの目に。
ぼくは、嘘を探そうとした。
そんなことが幸せなんて信じられない。知っているのに帰れないんなら、いつまでも悲しいだけじゃないの?
「アサゴさんは、おうちに帰りたいって思わないの?」
「時々、思うよ。でも帰らない」
「なんで」
「私の家族は、ここにもいるから」
アサゴさんは、やっぱり信じられないくらい、笑う。
「おまえも私の家族だぞ、アキラ」
――そして、変なことを言う。
「…あ、速攻で首、横に振ったな? ちょっと傷つくなー…まぁいっか、片思いでも」
また、ぎゅうっと包まれる。それはとっても苦しくて、とっても温かい。
……とっても、奇妙な感覚。
「いい思い出ばかり…じゃ、ないけどさ。私もおとうさんとおかあさんが大好きだったよ。だから、幸せの形の一つを知ってる。知ってるから自分も幸せになれるし、他の人にも教えてあげられる」
――そしてアサゴさんは、もっと変なことを言った。
「アキラもその種を持ってる。おまえは幸せになれる」
ぼくは、幸せになれる?
そんなおまじないみたいなコトバ、言われたって分からない……
……分からないけど、胸の中に温かさが入ってくる。
「それでなんで、ぼくも家族なの?」
「縁があって集まった化け物同士だ。家族と思って何が悪い」
乱暴な説明はちっとも意味が分からなかったけど、すとん、とどこかに落ちた気がした。
ぼくは、化け物。でも化け物じゃない。
ぼくは、幸せになれる。
――でも、おうちにはもう帰れない。
ぼくも、このひとみたいに、笑えたら。
おとうさんとおかあさんのことを考えても、苦しくならなくなるんだろうか。
――そんなこと、出来るんだろうか。
「……とと。まずはその服洗わないとな。本当に落ちなくなっちゃうな」
ふわり、と温かさが解ける。でも消え去らない温かさが、なんだかくすぐったくて。
あと離れてみて気がついた、アサゴさんの服まで汚していた赤黒い染みが申し訳なくて。
――でも何て言ったらいいか、分からなくて。
膝のところでグーを作ってそれをじっと見ていたら、カタ、と硬いものがぶつかる音がした。アサゴさんの手に、いつの間にかカッターが拾われていた。
「それから、危険な自習は今後禁止。一人でやるなら一般教養にしろ」
「………………」
「返事は?」
「…………ぃ」
「へ ん じ は ?」
「ふぁぁぁ…いっ!」
びろんと引っ張ったぼくのほっぺたを離して、ばちんと両手で挟みこむ。
「よろしい。でも補習ならOK。やりたかったらいつでも声かけろ?」
はい、と笑顔で鼻先に突きつけられたカッターの柄に、目をぱちくりさせてしまう。取り上げられるかと思ったのに。
そろそろと受け取ると……今度はその手をがっしり捕らえられた。
「よしっ。じゃ、行くぞ」
「行くって……ぼくも??」
「勿論。それともここで脱ぐ? それでもいいけどね、私は」
「……いっしょに行く」
その時の満足そうなアサゴさんの顔は、多分、二度と忘れない。
――いや、このひとの笑顔を、全部。
ぼくはきっと忘れられない。
ぼくもいつか、このひとみたいに笑えるようになれるだろうか。
化け物の自分も、おとうさんとおかあさんに棄てられた自分も。
もしかしてそれが出来たら、許すことができるのかな――
いつか自分が笑ってる日。
……まだそんな想像さえ全然出来なかったけど。
「いっしょに行く」、と。
これが、はじめて立ち上がった日の記憶。
-start of step-
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