2006 |
12,11 |
«お傍に»
功名が辻最終回にちなんで。
かなり序盤に出てきたエピソードを総セイに転じてみた小ネタです。
功名が辻、おもしろかったー!
旧風小噺修練場から移設しました。
かなり序盤に出てきたエピソードを総セイに転じてみた小ネタです。
功名が辻、おもしろかったー!
旧風小噺修練場から移設しました。
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祈れ 祈れ
形成すまで祈れ
肉を得るまで祈れ
お傍に
鐘が遠くで、九つ鳴った。
「では私はこれで」
かたり、と湯呑みを置いて立ち上がるその人は、穏やかな微笑を浮かべて。
それは目の前の人を安堵させるための仮面。
面の下は最早、鬼の顔。
「ああ。気をつけて、総司」
静かに言う山南の後に、続けて紡がれるべき挨拶は、音にならぬ。
ぐにゃりと顔を歪ませて必死に笑顔を浮かべようとする少女に、一瞬面の下の顔まで柔らかく緩ませて。
「いってきます、神谷さん。残りの豆菓子、明日の楽しみなんですから全部食べちゃ厭ですよ?」
無責任な約束も方便。ようやく笑顔らしい表情を作るのに成功した少女の頭をわしわしと撫でて、総司は穏やかな時間に心中で別れを告げた。
背中を見送るなんて、有り得なかった。
背中は見詰め続けるものだったから。
山南総長の小姓を任じられて、一番隊から外されて。総司とも前よりは会えなくなって。
暇さえあれば顔を見せてくれるから今日も山南と三人で夜半までのんびりしたけれど、その時間も幸せだけれど。
自分が彼の傍に在りたいのは、寧ろこの後の時間。
一番隊はこれから夜の巡察。
夜番は最も危険な時間。昼は息を潜める不逞な輩が跋扈し、日の元に曝け出される敵を闇が覆い隠す時間。
なのに遠く離れた屯所でぬくぬくと待つしか出来ない自分はなんと意味のない存在。
彼の命をこの手で触れられる位置にあらねば守るなど到底無理な事なのに。
願え 願え
形成すまで願え
雷を呼ぶまで願え
「……どうしました、神谷さん?」
一度閉めた障子は直ぐ、勢いよく開かれた。その割りにおずおずと身体を廊下へ運ぶ少女の躊躇いがちな様に、総司の顔に笑顔が宿る。
閉め直された障子越し、行灯の灯りは仄か。部屋に挟まれた廊下には星明りも差さぬ。
「先生、左手を……」
「何でしょう?」
何やらわくわくと少し窄めた掌を上向けて差し出した総司を、セイは眉を顰めて上目に見やる。再び視線を落とすと、くるりとその掌を裏向けさせる。
「あれ? お八つをくれるんじゃないんですか」
「これから仕事へ行く人になんだってお八つをあげなきゃならないんですか」
「だって神谷さん。仕事はお腹が減るんですよ?」
「仕事中に組長が菓子をつまんでどうします!」
仕事に私情を持ち込まない総司がそんな事する訳ないと知ってはいるが、とりあえず叱りながら懐に手を差し入れる。
取り出されたのは、白っぽい手拭い。
それをセイは、総司の左手首に巻きつけた。
不思議そうに作業を見守る総司に、きつくなりすぎないようにそれを結びながらぽつりとセイが教える。
「……お守りです」
厚目の手甲をはめたかのような手首を確認して、俯いたままのセイに総司が笑みをくれる。
「変わったお守りですね。どこの神社の物でしょう」
「どこの物でも……霊験もないですよ。私が縫った物ですから」
「あはは。じゃあ、さしずめ神谷大明神様ですね。いつも神谷さんが守ってくれてるって事ですかねぇ」
「……無理ですよ。私は神主でも坊主でも祈祷師でもありませんから」
祈れ 祈れ
祈れば肉を得るのなら
彼の人に注ぐ刃を阻めるのなら
願え 願え
願えば雷を呼べるなら
彼の人の敵を討ち果たす事が出来るなら
実体を持たぬものなど何の役にも立つものか
「もし汗をかかれたら、これで拭いてください。万が一お怪我をされたら……これで縛ってください。みなさん咄嗟に袖を破かれますけど衛生上はあんまり良くないんですよ」
見上げた瞳は凛と光らせ。潤みも不安も揺らしてはならない。
「連れて行っていただけない旨はわきまえています。けれどただご無事を祈るなんて出来ません。どうか清三郎もお供させてください」
――少しでもお役に立てるように。
――先生の生に関われるように。
覚悟を秘めた眼差しは巡察に立つ隊士のそれと同じ。
少しでも少しでもと足掻く心は待つ者の身に収まりきる訳もなし。
「……ありがたく使わせていただきますよ、神谷さん」
闇の中、笑むその人の表情は仮面とも素顔とも判別つき難い。けれど許可されただけで十分。
ああ、私はまだお傍においていただける。
「遠慮なく汚してください。次の巡察の前にはまた新しいのをお縛りしますから」
その背中が闇に消える寸前、左手が上がって肩の辺りでひらりと振られた。
手首の白い塊が残像のような軌跡を残して、追って闇に溶けた。
「みなさん揃っていますか?」
「はい、いつでも出動できます!」
気合十分な隊士達にざっと視線を走らせて報告が正しいことを確認する。その視線は最後、己の手首で止まった。
先程は気付かなかったが星明りの元で見ると、手拭いは淡い桜色をしていた。
ふふ……なんだか神谷さんらしい色……
「先生、如何なされました?」
不意に笑み零れた上司に隊士が訝しげな声をかける。
「いえ、全員揃ったな、と確認しただけです」
神谷さんが傍にいると、なんでか死ねないって思うんですよね。
……やっぱり霊験あらたかかもしれませんよ、神谷さん。
だって今、またそんな気がしてきちゃってるんですから。
一度目を閉ざして、笑みも内に閉ざす。さあ、ここからは仕事の時間だ。
「一番隊、出ます!」
「承知!!」
跳梁跋扈、いかな魔が潜むか知れぬ京の闇。明日をも知れぬ戦場の日々。
だが明日の豆菓子の約束は守れるだろう。何故だか総司はそう確信していた。
〈了〉
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吐き出せないまま積もりに積もった妄想がいっぱいあって困っている。
吐き出せたらいいなぁと思っている。
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